なんでリア充でも虚しいの?〜アラサー主婦、真夜中のつぶやき〜

今日は、珍しく私の心のつぶやき。

結婚して、仕事も好きなようにさせてもらっているのに、なぜか心に風が吹く。それを埋めるために、飲んで楽しい想いで胸をいっぱいにして、充実感を得ようとしていました。

でも、どんなに楽しくても、どんなに仲良い友だちがいても、なぜか心からヒューっと空気が漏れていた。

その理由を私自身が理解できず、ずっと探していたけど、やっとわかりました。それは、

今の自分を認められていなかった、ということ。

これは、最近ブーム(?)の「セルフイメージが低い」とかそんなのではなくて、今のありのままの自分を受け入れていなかった、ということ。

別に今の生活に決定的な不満もないし、ありがたいことに働かず、専業主婦でも生きていける。好きなライターもできているし、都会に住めて、美味しいものも好きなときに食べられて。正直私はリア充だと思う。

でも、それでさえもなんか虚しさがあって。これまでずっと、働いている自分こそがこの世で価値がある・価値を高められると思っていた。

 

 

でも、それって実はある種エゴに過ぎなくて、今ある現実を認めて受け入れない限りはいつまでも前に進まない。

私は性格的にじっとしていられなくて、働くことが好き。それに、これまで仕事も下っ端なのに、大きなチャンスを沢山いただいてきて、働く楽しさと喜びを感じていた。そのせいか、いつからか働くことが生きることだと思うようになった。

それは今も変わらないけど、じゃあそっちに注力してであることを投げ出してもいいのか?と言ったら、それは違った。

 

私は昔から逃げるのが嫌いなのに、妻でありながら妻であることを拒んでいた。

外で動けなくなる自分が“無価値”になりそうな気がして。

 

結局、今の自分を心底受け入れられないと、何をしても変わらないことに気づいた。

そう、妻であること(主婦業)は私にとって「外に行かなくても自分には価値がある」と気づかせるための修行なのかもしれない。

 

 

昨日アップした記事『参加するだけでブラッシュアップ!「梅雨入り前のお梅雨見会」に行ってきた@根津神社』でも書いた“適職と天職の違い”(これについて知りたい人は是非ご覧ください♡)。私の適職は“主婦”とわかりました。

よく「ありのままの自分を受け入れろ」って自己啓発本や引き寄せの法則に書いてあるけど、その意味がよくわかった。

物事全部取っ払った裸の自分を受け入れろってことなんだよね。「常に働いて生き生きしている私」でも「スタイル良くて美人で皆から憧れられる私」でもなくて、自分を取り巻く環境や事象・立ち位置を取っ払った、丸裸の自分でも価値があると気づくことが、本当の意味での「自分を受け入れる」ってことなんだと思う。

 

 

私の場合、表舞台で活躍することで「自分には価値がある」と思っていたけど、そんなことしていなくても、この世にいるだけでもう既に価値があるんだ。それに気づかせるために、外に出ずに家庭を守る“妻(主婦業)”を全うすることが必要なんだと思う。

別に何をしなくても、生まれてきた時点が価値があるんだよね。特別なことをしなくてもそのままでいいんだ。

よくさんまさんも言ってるよね。

「生きてるだけで丸儲け」って。
本当にそうなんだと思う。

何もない自分をどこかで「価値がない」と思っていたから、いっつもどこか虚しさを感じていたんだな。ありのままの自分を受け入れられない限り、何をしても心は満たされないのだ。

これからは仕事もきっちりするけど、でもまずは、外で働いていない自分も愛そうと思う。そして、妻として、すぐ隣にいる夫を・身近な人を幸せにできるような女性になりたいと思います。

 

それがきっと、心からの幸せを得られる方法なんだと思う。